干將庵TOP > 取扱品目:日本刀 > 月山源貴照(二代月山貞一同人)



    現代(昭和)
  76.0cm/二尺五寸八厘   2.8cm/九分二厘
  3.5cm/一寸一分五厘   0.8cm/二分六厘
  2.95cm/九分七厘   0.55cm/一分八厘
  一ツ      
-   東京都 第293719号
  白鞘/金着一重ハバキ   480万円













鎬造、庵棟、寸よく延び 身幅広く 全体に反りのつく華表反りとなる。 元と先の身幅ほとんど変わらず 中鋒延び 樋を掻き流し 表に護摩箸と添樋 裏に素剣と添樋をそれぞれ重ね彫にする
小板目肌細かに詰み わずかに肌立つ
浅い湾れに頭の尖る小互の目が連れ 僅かに丁子を交え 沸強く付き 足入り 砂流しを交える
表裏とも直ぐで入り 小丸に返り 僅かに掃きかける
生ぶ 茎尻は浅い刃上がり栗尻 表に貴照の自信銘 裏に月山貞利刀匠の鑑刀記を切る
白鞘/金着一重ハバキ
子息月山貞利刀匠 正真優作也 鞘書き 

■重要無形文化財「日本刀」技術保持者 人間国宝 月山貞一 の豪壮な一振です。
二代貞一は明治40年に 帝室技芸員でもあった初代貞一の孫として生まれ、早くからその非凡な才能を開花、 月山家伝統の綾杉伝のみならず 備前や相州などの古伝にも積極的に取り組み、また刀身彫刻においても その芸術性豊かな月山彫を完成させています。                
本作は貞一53歳、前銘 貴照 時代の作品になります。 寸よく伸びて身幅充分の堂々たる姿に簡素ながらも力強い彫りを掻き、 細かに詰んだ地鉄に互の目に丁子を交えた 沸がちの華やいだ刃文となっています。

■この御刀は高名な愛刀家の依頼により製作されたもので、元はご注文主の為銘が切られていましたが、貞一御子息 月山貞利刀匠 の手により、 現在の銘文に切り直されています。貞利刀匠ご自身もこの御刀が作られた時のことをよく存じておられ、日本刀を作り続けることが困難な時期だったにもかかわらず、 これだけの作品を作り上げた師父貞一に、改めて畏敬の念を抱いておられました。

■70余年の長きに亘る作歴においては、戦後の長い混乱、良質の玉鋼など原材料の不足、そして刀剣需要の激減など苦難の連続を強いられる時期もありましたが、 月山家の伝統を後世に残す強い責務と絶え間ない精進により、ついには月山貞一芸術の完成を見るに至りました。 いかなる困難な状況においても、決して安易な道に逃げることなく、一作一作に真剣に取り組んだ月山貞一 53年目の入念作です。


■販売委託品のため、予告無く掲載を終了する場合がありますこと ご了承下さい。


            
1907年
(明治40)
月山貞勝の第三子として出生、11歳頃より貞勝のもとで修行を開始、月山伝及び五ヶ伝を学ぶ
1923年
(大正12)
大阪美術協会展に 貞光 銘で刀身彫刻を出品入選する
1927年
(昭和2)
貞勝と共に 式年遷宮御神宝太刀・鉾 計100振り余りを謹作
1929年
(昭和4)
大元帥刀を謹作
1956年
(昭和31)
刀銘を 貴照 に改める
1960年
(昭和35)
本刀製作
1966年
(昭和41)
二代貞一を襲名
1967年
(昭和42)
30回新作刀名刀展に 名槍 日本号写し を出品 文化庁長官賞/正宗賞を受賞 昭和45年より無鑑査となる
1971年
(昭和46)
重要無形文化財 「日本刀」 の技術保持者 人間国宝 の認定を受ける
1978年
(昭和53)
全日本刀匠会理事長に就任
1982年
(昭和57)
米国ボストン美術館にて 「人間国宝展」 開催、鍛錬及び刀身彫刻の実技を公開する
1989年
(平成元)
奈良県桜井市名誉市民に認定
1994年
(平成6)
元第65代横綱 貴乃花太刀謹作
1995年
(平成7)
4月1日歿 享年87歳
参考文献 「月山貞一回顧展」 奈良県立美術館

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